ドキュメンタリー感想

ドキュメンタリー「ガード下 酔いどれ人生」はなぜこれほど心を打つのか

2018/10/26

gdrsji

フジテレビのドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」の「ガード下酔いどれ人生」を見ました。

なにげなく視聴したのですが、思いがけずひどく心を打たれたので、感想を残しておきたいと思います。

ザ・ノンフィクション「ガード下酔いどれ人生」動画

youtubeをサーフィンしていてふとノンフィクションエリアに迷い込みました。そこで見たのが下記動画です。

内容は、中年ニートの酔いどれ息子と、その老いた母のままならない暮らしを追ったドキュメンタリーものです。

まずは見てみてください。


ガード下 酔いどれ人生(追悼編)の感想と解釈

なんでしょう、この視聴後のやりきれなさは。

見始めた時は「この息子ほんとしょーもないな、ダメな奴だな…、母がかわいそうだ。でも母も甘いのは良くないよな」などと思っていましたが、見終わるとそういった気持ちは消え、なんともいえず、ただただ寂しさが残りました。

全編が希望の見えない閉塞感に覆われている

番組が追っているのは、言葉を選ばなければ、おそらく日本の「底辺」の部分に位置する一組の親子です。

49歳の息子は人生がうまくいかず、自堕落に。昼から酒を飲んでいてロレツも回らない。

一方で母は80歳という高齢にもかかわらず頭もはっきりしていて、ふがいない息子に呆れながらも突き放すことができない。

二人は狭いアパートに住み、母が2か月に一度もらう24万の年金で糊口をしのいでいます。大人二人の生活費が一月12万。経済的に困窮しています。

さらに絶望的な状況に拍車をかけるのが彼らの年齢です。

この話の登場人物は全員老齢の域であり、若くありません。

人間なにも持っていなくたって、若ければ希望があります。若ければ将来があり、どうにでもなります。ドキュメンタリーの主役が若者なら、視聴者だって希望が持てるというもの。

若さは人間に平等に与えられる資産です。

しかし、彼らはそれももうとっくに失ってしまっている…。年々体は衰える一方で、できることもどんどんなくなっていく。

いわば救いがなにもない状況なんです。

見ていると本当に気が滅入ります。状況の打開が見えない。

人間は傷ついて自信を失っていく

息子の吉雄さんは若い頃こころに負った傷が克服できず、自信のない人生を送ってきました。ネガティブさというのはどんな局面にも悪い影響を及ぼします。

就職を何度かするも、不運をひきよせたのかどれも長くは続かず、自信を失って社会との繋がりを断ち、引きこもります。

コンビニに酒を買いに行くシーンは印象的でした。汚い服を着て、髪もぼさぼさのまま、誰の目も気にすることなく、出かけていました。

ふるまいや言動はまるで小学生のように幼く、本当に50歳の大人なのかと疑わんばかりです。

その姿は誰がどうみても落伍者であり、こうはなりたくないと視聴者に思わせるものがあります。

しかし、番組を見続けるうちに、彼の目の奥にある純粋さに気がつきました。彼のふるまいや言動、その節々に本来のピュアさといったものが顔を出しているんですよね。

まるで少年のように無垢で、壊れやすそうな繊細な純粋さが。それゆえに吉雄さんは社会に耐えきれなかったのかもしれません。合理性で支配された社会は純粋さを許しません。

吉雄さんは優しすぎたんじゃないかなと思いました。単に自堕落なダメ人間ではなかったのではないでしょうか。

悪い人間ではない。皆と同じ、私とも同じ、弱い人間だった。それが何かの拍子でどんどんと運悪く転がり落ちてしまった。

彼はたしかに社会の落伍者なのかもしれないが、人間的なクズでは決してない。

だからこそ、やりきれない憐憫を感じてしまうのです。そこに映っている姿は、まったくの他人事だとは私には思えませんでした。

それでも立ち上がろうとする…でも抜け出せなかった

動画では、後半にちょっとした展開があります。

それは吉雄さんが一念発起して再び社会に挑戦しようとしたことです。

なんとか職を得た彼は髭をそり、身なりを整え、みるみる内に真人間のように戻っていきます。ここは本当に感情移入してしまい「やった!いいぞ」と思わず応援してしまいました。

しかし、現実は甘くありませんでした。彼はしばらくしてまたその職を失い、元の生活に落ちてしまいます。

人生なんでこう人を突き落とすんでしょうか。悲しすぎます。なによりも悲しかったのは吉雄さん自身のはずです。

彼は自堕落の中でも苦しんでいたはずなんですよね。そして、ようやく訪れた転機に変われると期待をしていたはず。その結果のこれです。

冒頭の母との会話に吉雄さんの内在する苦しみがあらわれています。

 

「人がうらやましく思うほど良くないよ。うらやましいと思うことないじゃないか。どこも行けないで…」

「幸せと思わないの?」

「思わないよ」

 

彼はどこにも行くことができないのです。

老いた母はその細い双肩にどれだけの苦労を背負えばいいのか

老いさらばえた母のトシさん、息子よりずっと真人間で、80と高齢ながらも意識もはっきりしています。

買い物も家事もこの母がすべて行い、息子の世話を見て生活しているようでした。

トシさんは、顔を見ると眉毛を描いていたりなど化粧もしていて、社会性を失っておらず、性格も気風の良い江戸っ子といった感じ。吉雄さんとは対照的で見ていて実に心地の良い人物です。

しかし、そんな彼女の歩んできた人生は苦労が多いことを想像させます。

夫を亡くして以来、女手一つで働かない息子をこの歳になるまで面倒をみて、貧乏で、一向に暮らしも改善のめどが立たない。

息子は酔っぱらって金をせびる始末。少し気晴らしできることといえば、ガード下の安酒場で安い酒を一杯だけあおるくらいなもの。

この生活を抜け出せる糸口がまったく見当たらず、視聴側も気が狂いそうになります…。なにがどうしてこんな辛い運命を背負わせるんでしょうか。よろよろ歩く小さな背中を見るたびに、胸が締め付けられる思いです。

ほんとこれなんてドキュメンタリーだよ…。

小林さんもまた悲しい人間じゃないだろうか

動画内では、なにかと親子の世話を焼く赤の他人、小林さんも登場します。

一見、吉雄さんの面倒を見てくれるし兄貴分のようにも見える彼ですが、その一方で、なんともいえない違和感のようなものも感じていました。

彼については、動画下のコメントで物凄く納得した物があったので抜粋します。

「小林」という男は、世間ではよく見かけるお節介な偽善者だな。実自分の母親をないがしろにしながら、他人の家で保護者づらをしたがる。最底辺に転落したヨシオを己の慰みものにしているにすぎない。

なんでしょうこの切れ味。

でもそうなんだ、そうなんだよ。これなんだよ!凄く納得してしまった。私が小林さんに感じていた違和感の正体はこれなんですよ。

つまり、彼が親切にしていたのは母子のためではなく、自分のためにやっていたのではないかということです。

人には皆それぞれ自分の人生があります。自分や家族だけでも精一杯なのに、他人に構うことなんてできやしません。そんな余裕があるのはごく一部の人だけです。

小林さんはというと、仕事をして老いた母と同居しながらも、その母をないがしろにしている場面がありました。あれ?自分の地盤は固まってるからこそ、他人の面倒を見る余裕があるわけじゃないの?

彼は心の余剰を他人に分けていたのではなく、自らの避難のために他人の節介をしていたのではないでしょうか。

人間は自分よりダメな奴を見ると安心します。ゲスい話ですが、きっと誰だってそうだし、私もそういう部分はあります。自分より下の人間を慰める…これほど癒されることはありません。

小林さんも、自分よりダメな吉雄さんの面倒を上から見てやることで、自分の心を満たしていたのではないでしょうか。私にはそう見えてしまいました。

自分が買ってきたケーキを吉雄さんにぞんざいに扱われ、その怒りを露にするシーン。なだめようとするトシさんに「ぶん殴るぞ」と暴言も飛び出します。

自分が与えた施しに対し、思い通りの反応が得られない状況に怒り、周りにも当たり散らすさまは、見ていてとても悲しかった。怯えていたトシさんの表情が印象的でした。

しない善よりする偽善

小林さんについていろいろな邪推をしてしまいましたが、その動機が自分のためであろうとなかろうと、彼が行ってきたことは尊いとしかいえません。

彼の存在によって二人は相当救われたはずです。

小林さんは友人の借金の保証人を引き受けるくらいなので、人情深くてお人よしで心根のいい人だということは間違いありません。

ギリギリで保たれていた3人の世界。その均衡は死で終わりを告げる

追悼編の編集がきついのは、最初に吉雄さんの死が視聴者に知らされてしまっていることです。

動画を見ていくと、母、息子、小林さんの3人の世界は微妙なバランスで保たれていることに気がつきます。

駄目な息子でも彼がいることを張りに生きる母。そして、小林さんにとっても母子はなくてはならない存在だった。

3人はお互いがお互いを支え合っている状態でした。、彼らが酒を飲むシーンは皆穏やかで幸せそうです。絶望の日々の中にも、一時の平穏があったのは間違いないと思います。

この世界は吉雄さんが死んだことですでに崩れ始めています。ままならないながらも、なんとかしのいで生きてきた母は、間違いなく息子の存在に支えられていました。

放蕩息子でも、母の心の支えになっていた。人は一人では生きていけません。

ドキュメンタリーは途中で終わりますが、もはや死と崩壊の臭いしかしませんでした。この放送がされたのは1997年。ガード下にはもうあの3人の姿はないのかもしれません。

最後に動画コメントで最も共感した物を紹介して終わります。

切ないね 切ないよ

みんな愚かで 憎めない



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